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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6329号 判決 1983年2月17日

原告

永山則夫

被告

石田明

被告

岸野淳子

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二〇〇万円およびこれに対する、被告石田明(以下、被告石田という。)は昭和五六年一一月一七日から、被告岸野淳子(以下、被告岸野という。)は同月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、被告石田の発行にかかる被告岸野の著書「女の地平から見えてきたもの」(以下、本件著書という。)中の別紙目録一記載の個所を削除せよ。

3  被告らは、別紙目録二記載の質問状を本件著書に併冊印刷せよ。

4  被告らは、朝日新聞に、別紙目録三記載の謝罪広告を同目録記載の条件で一回掲載せよ。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張<以下、省略>

理由

一請求原因1の事実及び同2の事実のうち、本件著書が被告岸野の著作にかかるもので原告主張のころに田畑書店から発行されたこと、本件著書中に、別紙目録一記載の各記述のあることは当事者間に争いがない。

二そこで、先ず本件著書中の右記述が、原告の名誉を毀損し、さらに本件被告事件の公判における原告の立場に不利な影響を与えるものであつたか否かについて判断するに、本件全証拠によるも、右記述の内容それ自体が原告の名誉等を害するとは認められない。<証拠>によれば、原告が本件著書につき問題にしているのも、右記述の内容そのものではなく、原告主張の違法捜査等の事実や、弁護人解任の理由、公判対策会と原告との関係が円滑に行かなかつた原因理由等についての記述を全く欠落させて、事柄の一断面のみを記述していることが、殊更事実を隠蔽わい曲し、読者に事の真相を見誤らせ、原告の立場につき誤解を生ぜしめるものであり、ひいては原告の名誉等を害するものであるというにあり、<丙第二号証>(本件著書)によれば、なるほど本件著書には原告指摘の記述がなされていないことが認められる。

そこで進んで、右記述の欠落した別紙目録一記載の記述をしたこと及び右記述のある本件著書を発行したことにつき、被告らに不法行為責任があるか否かにつき判断するに、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件著書は、被告岸野が、乳ガンに罹つて生命の危険にさらされたことを機に、それまでの人生を振返り、自己が体験し感得してきたことを自分の歴史として記述する目的で著わしたもので、本件著書には、被告岸野が大学を卒業し新聞記者になつて以降の体験が感想的に記述されていること、

(二)  本件著書全二六六頁中の二四三頁から二四九頁までの間に、「永山則夫のことなど」との題の下に、被告岸野が原告の本件被告事件に関与してきた経緯等を特に別紙目録一記載の各記述を含め記述したのは、被告岸野が新聞記者時代に非行少年に関する取材をしたことから非行少年問題に深い関心をもつており、その問題の延長として、原告ないし本件被告事件をとらえていたため、自分の歴史の一環としてその限度で触れたものであること、

(三)  被告岸野は、本件被告事件の原因を原告の貧困で抑圧された生いたちに帰せられるべきものと考えており、その考えの下に、前記記述をしたものであつて、この点は原告の考えとも異ならないこと、

(四)  被告石田は、被告岸野の本件著作の目的を了解し、同様の意図をもつて本件著書を発行したこと、

(五)  本件著書発行前の昭和五四年七月一〇日に本件被告事件につき死刑判決の第一審判決がなされたが、本件著書発行後東京高等裁判所において右第一審判決が破棄され、原告に対し無期懲役の宣告がなされていること、

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実に照らすと、仮に違法捜査等の事実や原告と第二次弁護団及び公判対策会との関係破綻の経緯等が原告主張のとおりであつたとしても、本件著書においてその詳細につき述べなかつたのは本件著書の性格上むしろ当然のことであつて、被告岸野が右記述をなすべき注意義務を負ういわれはなく、右記述をなさなかつたことにつき正当な理由があつたということができ、原告主張のように被告岸野が殊更に事実を隠蔽わい曲したものと認める余地はない。また、読者が本件著書の性格を正しく理解する以上、事の真相を見誤り、原告の立場を誤解するということもあり得ないことといわざるを得ない。

そもそも、前掲丙第二号証の本件著書中の原告に関する記述を全体として読めば、むしろ、原告を弁護する内容となつていることが認められるのであり、右記述に原告主張のような欠落があつたところで、原告の名誉を毀損し、本件被告事件における原告の立場に不利な影響を与えるなどとは到底考えられない。

そうすると、被告らは本件著書の著作及び発行につき不法行為責任を負わないというべきであり、原告の請求はその余の事実について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

三よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 佐々木寅男 藤井敏明)

目録一

1 二四三頁

「永山則夫の公判は現在も継続中であるが、私は一九七二年から一九七五年まで、第二次弁護団の公判対策会の一メンバーとなり、七五年春、第二次弁護団の解任にともない、私たちも事実上解散して今日にいたつている。」

2 二四九頁

「極限の状況のなかで転生をとげた彼のはげしい叫びのなかに聴きとろうとした。そしてその抗議の声を消さないよう(具体的には彼を死刑にさせないよう)、さらにはそれを社会に返していくのに力をつくしたいと思つた。基本的にその姿勢は今も変りない。しかし現実に私たち公判対策会と永山則夫との関係は、けつしてスムースにいかなかつた。彼のこれまでの人生の抑圧がひどければひどかつただけ、それに気づいた彼の噴出のエネルギーはすさまじく、それは味方であるはずの私たちまで焼きつくさずにはおかなかつた。」

3 二四九頁

「私は幾度か、人と人との関係において、突然みずからお盆をひつくり返してこわしてしまうような彼のやり方に接して、彼がこれまでに、真に人に受容されたことがないのではないかと思いいたつた。それは、貧困のもたらしたひずみが、経済的なもののみにはとどまらないということとして、私には骨身にこたえたのである。」

目録二、目録三、<省略>

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